永澤ゼミの発表者は3名でした(そのうち2名は就職内定先の要請で会社に行かねばならない用件が出たため出席できず、ゼミ教員永澤が当人自身のゼミ発表の際のレジュメを代読し、オーヴァー・ヘッドプロジェクターで関連図版を提示しました。また、卒論自体を会場に置いて見て貰った者は3名でした。
・ 発表学生名と卒論・卒制の題名
05z009 小倉奨一朗 卒制 写真集『心の景色』
05z024 後藤瑞穂 卒論「神話と象徴~西洋絵画の花」
05z025 斉藤芽依 卒論「装飾資料集―自然物の装飾について―」
この中から、「装飾」全般を考察の出発点に据えながら、特に世紀末ウイーンの画家グスタフ・クリムト(1862~1918)の絵の装飾の問題について、興味深い分析をした斉藤芽依さんの論文のレジュメを掲載しました。
斉藤さんの卒論は、クリムトの絵を装飾性という視点から、じっくりと良く観察した素晴らしい出来ばえのものでした。そのなかでも、クリムトの二点の人物画の衣装の装飾の問題、特に彼が日本の浮世絵の文様から影響を受けていたことを先行研究(特に越 宏一氏、馬渕明子氏の実証的研究)に即して読み込み紹介したうえで、従来見過ごされていた衣装の装飾文様の象徴性の解釈にまで踏み込んでいる点は、特に高く評価できるところです。
彼女の説得力のある卒論における議論の展開の仕方は、ここに挙げたレジュメをお読み頂いても、十分に納得して貰えると思います。
2009.2.18. イメージ文化学科永澤ゼミ教員 永澤 峻
「装飾資料集―自然物の装飾について」 05z025 斉藤芽依
I.はじめに
私が今回、卒論にと選んだテーマは、「装飾」です。「装飾」を選んだ理由としては、大学3年生の時に永澤先生のゼミで、装飾について発表をしたことにあります。その時は“コーランの1ページ”の装飾について、平面を意識して強調したイスラームの装飾について見て行きました。この時に、装飾というものは、建築物や工芸品を飾るためだけの付属的なものではなく、「装飾」自体が主要なものとして描かれるものもあると知り、とても興味を持ちました。そして、そんな主要な「装飾」は、もともと好きだった日本の文様にも通じるところがあるのではと思い、日本の文様に絞った装飾をテーマに選びました。特に、装飾が特徴のウイーンの画家、グスタフ・クリムトの装飾機能について、影響を受けたとされる「浮世絵」と関連付けて、見て行きました。今回は、その中でも、特にクリムトの装飾の描き方について発表したいと思います。
その前に、まずクリムトと浮世絵の関係について簡単に説明します。
クリムトは日本の文様に非常に興味を持っていたため、日本に関する書物を読み、能面や日本の着物などの日本美術のコレクションを多数持っていました。そのため、クリムトの作品には日本の文様と見られる装飾が多く描かれています。そして、クリムトの描く人物画は、ほとんどが女性をモチーフとしており、女性と衣装のデザイン、または衣装の文様との密接な関係は、浮世絵と非常に近いものがあります。浮世絵に描かれた、粋であでやかな女性たちは、その顔立ちと肉体の様式化された美しさ、洗練された衣装によって、クリムトを魅了したのでしょう。
では、そのことを踏まえて、クリムトの装飾の描き方について見て行きます。
2.クリムトの装飾の描き方について
①服装の描き方

まず、服装の描き方から見て行きます。クリムトの作風の特徴として、人物以外は、基本的に装飾文様で埋め尽くされています。
例えば(図版①:左図・≪接吻≫、右図・≪成就≫)左図の≪接吻≫や右図の≪成就≫など、男女が描かれている場合、文様の描き分けによってその境目がなんとなくではありますが、見ることが出来ます。しかし、1人の人物の中にも様々な文様が描かれ、どのような形体をしているのか判別がつきません。
そこで浮世絵と比較して行きます。
浮世絵に描かれている人物がまとっている服装は、着物です。当時の西洋の人々からしてみれば、どのような構図になっているか、どのように着るかなど、不思議な服装にみえたと思います。しかし、文様のみを装飾として利用したクリムトにとって、それはさほど問題ではなかったはずです。
浮世絵などでよく描かれる美人画の女性たちは、何枚も着物を羽織って花魁(おいらん)のように着飾っています。そのため、中着・帯・打掛・衿などの色・文様がそれぞれ違います。着物の構造を知らない人がそれを見たとき、一見すると一枚の服の上に様々な文様が入り込んでいるように見えたと思います。

そのことを踏まえてあらためてクリムトの絵を見てみると(図版①)、右図の≪成就≫という絵の男性の服には、全体的に丸型が、左腕部分と右下に四角、右肩部分に三角など、様々な文様が入り込んでいるのが分かります。その文様も統一性はなく、服の構造はまったく分かりません。しかし、様々な文様と色が入り込んだ浮世絵の文様を見て影響を受けたクリムトは、彼自身の絵画でも一枚の服の中に様々な文様を入り込ませるという表現を取り入れたのではないかと考えられます。
②文様の意味
次に文様の意味について見て行きます。
そもそも、日本の文様の特色は、自然の中に見られる様々なモチーフをデザイン化したところにあります。そしてそれらもモチーフは、ある情景のもとに置かれていることが多いのです。
例えば(図版③)【竜田文】)、水の流れをデザイン化した文様に、紅葉が組み合わされているこの文様の場合、「川面に紅葉が流れてゆく情景」を暗示しています。

このように、日本の文様は自然の情景を暗示しているものとして機能しています。そしてこのような場合、文様の組み合わせを変えたり、切り離したりして用いるようなことはめったにありません。しかし、これがその意味を理解しない別の文化の中で利用された場合、文様はそのもっていた意味を失います。そして、そのことはクリムトも例外ではないと思っていました。
しかし、クリムトの絵画の中に見られる日本的な文様を調べて行くうちに、クリムトが描かんとしていた主題と、彼が用いている文様の意味が繋がっていることに気がつきました。
そのことが良く分かるのが、ストレックレー邸食堂装飾として描かれた≪期待≫と≪成就≫です(図版④:左図・≪期待≫、右図・≪成就≫)。

食堂の左側の壁面には、エジプト風の若い女性が≪期待≫(図版④)として描かれています。この女性は、まるで何かに気付いたように後ろを振り向き、何かを見つめています。これと対面する形で、右側の壁面には、抱き合う男女が≪成就≫(図版④)として描かれています。深く抱き合う女性の顔は、まさに満ち足りた表情をしています。
この二つの絵は対面して配されていますが、画集などで並べて載っているように、一列に並べるとすると、≪期待≫の女性の見つめる先に≪成就≫の男女がいるのではないでしょうか。
そうすると、≪期待≫の女性は憧憬の眼差しで、今まさに充足している≪成就≫の男女を見つめていることになります。
このことを踏まえて文様をみてみます。
この女性がまとっている服装の文様は、大部分が三角形の文様です、これは、日本の文様では、「鱗文」(図版⑤)と呼ばれ、能装束としても取り上げられている文様です。

そして、能装束として用いられる場合、嫉妬や恨みを持った鬼女の衣装専用で、金銀の箔を使って表現した鱗箔が、蛇体や女の執念を象徴する図柄として有名でした。
また、これは日本の文様と直接関連しませんが、クリムトの画中で多く描かれている丸模様は女性を、そしてその反対の四角は男性を表わしているのだと思われます。これは丸が女性の優しさや命を宿す子宮を、四角は男の強さや男性器からきているのだと考えられます。
しかし、このことを踏まえて≪成就≫の絵を見てみると(図版④:右図)、男性が女性の象徴である文様を身につけていることに気付きます。だとすれば、タイトルからも想像が出来るように、この男女の恋は成就していて、その気持ちが充足していることを、男女の文様を同居させることで表わしているのではないでしょうか。その満たされた充足感は、女性の服装の咲き乱れた花からも想像することが出来ます。
二つの絵の文様の意味が分かったところで、あらためて≪期待≫の絵の女性を見てみると(図版④:左図)結ばれた男女を、羨望と女としての嫉妬心の目で見つめていることが分かると思います。
これらのことから、クリムトは僅かながらとはいえ、文様の意味を理解した上で使用していたのではないかというのが、私の結論です。
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