概要
2004年度開講の講義「呪術とわざ」を基盤とする島根県雲南市吉田町への二泊三日のFW。国内で唯一永代たたらの遺構が残されている菅谷たたら山内を中心に、金屋子神社・金屋子神話民俗館などの見学を行い、また二日目の夜には奥飯石神楽系で吉田に伝わる木ノ下神楽に上演いただきました。宿泊はバンガロー。自炊。
◇期日:2004年11月28日~11月30日
◇参加人数:15名
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このFWを語るためには、まず広島・比婆荒神神楽見学FWを考慮に入れなければなりません。なぜなら、参加者のうちわたしたち山本ひろ子ゼミは広島からそのまま出雲に入るという無茶な道程を経ているからです。
すなわち不眠。しかしそれは、後に述べるように同じ鉄の風土に生まれた神楽を見比べることができるというきわめて刺激的かつ贅沢な結果ともなりました。
見学の中心はやはり菅谷たたら山内。畦道を下る眼下に山内を見下ろす絵葉書のような光景とは裏腹に、高殿内部は異様というほかありませんでした。薄暗く、冷たい空気。四隅に立てられた頑強な押立て柱。中心に据えられた炉。高い天井。かつてここで鉄が吹かれていたことを想像すると、何かぞくぞくするものがありました。
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また木ノ下神楽の上演では「御座の舞」、「柴佐‐悪切り」、「八戸」という先方による最高のセレクションにより、荒神神楽と共有する鉄の風土を想起させずにはおかず、そうした文化的/地理的背景が神楽という芸能に表出される瞬間がまことに興味深いものでありました。
帰京後に学内で行った「たたら祭りプレステージ」においてなされた報告は、以上の体験を元にしています。
自分たちで作り上げるからこそ、たとえば博物館の見学ひとつにしても通常とは違った意識と視野でものを見ることができる。自分のフィールドを作り上げることの難しさを改めて確認したように思います。
COMMENTS
安来節は、島根県というより日本の代表的な民謡として知られ、その起こりは、はっきりしませんが、明治に入って安来の渡部佐兵衛の改良等も加わり、今の安来節となったとされています。
初代渡部お糸が活躍した大正時代は、安来節の黄金時代ともいわれていますが、その後も年を追うごとに人気が高まっています。
安来節保存会が保存されたのが明治44年で、切手が発行された平成2年は80年目に当たります。平成2年現在、会員数は約7000人で、毎年、安来市で全国大会が開催されます。
安来節にあわせて踊られるユーモラスなしぐさの“どじょうすくい"は 、その動作を舞踊化したものであり、ひょうきんな男踊りと、軽快な女踊りがあります。
12月5日山陰中央新報掲載
「松江で初の出雲学フォーラム
近代日本は”出雲”を排除」
明治学院大学原教授講演 「国家思想の鍵説く」
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